そこに線路があるかぎり

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【熊本県】<あの頃の鉄道風景> 熊本で活躍していた元東急5000系 ラッピング電車となった最後の青ガエル 〔熊本電気鉄道〕(2012年)

2006年から2020年まで、渋谷のハチ公前広場に鎮座し観光案内所として利用されていた、緑の車体の電車をご記憶の方もいらっしゃるかと思います。あの電車はかつて東急で活躍していた5000系という車両で、1954年に製造が開始されて以降、東横線大井町線目蒲線などの東急各線で1986年まで活躍していました。
緑色で丸みを帯びた車体と、大きな2枚の窓が並んだ顔つきから「青ガエル」の愛称で親しまれた東急5000系は、東急からの引退後も地方私鉄に譲渡されて日本各地で活躍をつづけましたが、2016年の熊本電気鉄道からの引退をもって、とうとう日本の営業路線上から姿を消してしまいました。
2012年、熊本電気鉄道で最後の活躍を続ける東急5000系を見に行ったところ、「ケロロ軍曹」という漫画のラッピング列車となった5000系を見ることができました。

東北から九州まで 日本各地で活躍した東急5000系

東急5000系が東急から引退したのは1986年ですが、その前の1977年に譲渡された長野電鉄を皮切りに全国6社の地方私鉄に譲渡され活躍をつづけました。車体が軽量で線路への負荷が小さいことや、短編成で運転できること、また、古い車両からの置き換えを考えていたところに東急5000系の廃車になるというタイミングだったことなどが数多くの譲渡となった理由かと思います。
東急5000系が活躍していた地方私鉄は下記の6社です。

福島交通福島県)  1980年導入 1991年引退
長野電鉄(長野県)  1977年導入 1998年引退
上田交通(長野県)  1986年導入 1993年引退
松本電気鉄道(長野県)1986年導入 2000年引退
岳南鉄道静岡県)  1981年導入 1997年引退
熊本電気鉄道熊本県)1981年導入 2016年引退

(会社名は導入当時のもの。上田交通の導入年は5000系が2両編成として導入された年。また、岳南鉄道では通常は使用されない予備編成として2006年まで残った)

長野県の会社が多いのが目立ちますが、長野にある私鉄はこの3社だけですので、長野県は県内の私鉄すべてにおいて東急5000系が活躍していたということになります。
もともとが中古車両だったということもあり、各社とも導入から10年から20年程度で引退していますが、熊本だけは35年という長きにわたって活躍が続きました。

上熊本から5000形に乗る

熊本電気鉄道に譲渡された東急5000系は熊本でも5000形という形式がつけられていました。東急5000系の先頭車は車両の片側にしか運転台がなく、先頭車同士をつないだ2両編成が最短の編成となっていましたが、熊本の5000形はもともとあった運転台と反対側の端にも運転台を増設し、1両でも運行ができるように改造されていたのが特徴です。
2012年当時、5000形が運転されていたのは上熊本から北熊本までの間3.4㎞だけで、この区間を1両が行ったり来たりしていました。

熊本からJR鹿児島本線の博多方面の列車に乗って最初の駅が上熊本で、ここで熊本電気鉄道に乗り換えることができます。JRの駅を出ると左手に熊本電気鉄道上熊本駅がありました。ホーム1本に線路1本だけの小さな駅です。

ケロロ軍曹のイラストが賑やかなラッピング電車

ホームで少し待っていると、青ガエルがやってきました。特徴ある丸っこい車体に大きな2枚の窓、そして渋い緑の塗装。東急時代の5000系そのままの姿・・・と思いきや、星やらイラストやらがあしらわれた、にぎやかないでたちになっています。

このイラストは、ケロロ軍曹という漫画のキャラクターだそうです。

ケロロ軍曹x熊本青ガエル鉄道 と書いてあります。ケロロ軍曹とは、カエルに似た姿の宇宙人が地球で活躍するお話とのこと。ケロロのカエルと5000形の青ガエル、カエルつながりという理由だけで5000形がラッピング電車として選ばれたのかと思いましたが、作者の方が熊本に住んでいたという縁もあったようです。

車両の反対側はまったく違った顔つきをしていますが、これはこちら側はもともとは運転台がなかったところに増設したため。別の車両と連結した際に通り抜けができるよう、貫通扉が設けられていました。
「ありがとう!青ガエル」と書かれており、もう熊本での引退も間近なのかと思いましたが、結果としてこの車両はこのあと4年もこの熊本で活躍をつづけました。

 

張殻構造の車体は特徴的な形状 上に行くほど狭くなる車内

東急5000系は張殻構造、あるいはモノコック構造と言うつくりで、外板に力を受け持たせて屋根を支える仕組みになっています。通常の車体では骨組みが屋根を支え、そこに外板が張られているのに対し、張殻構造では外板が力を受け持つため骨組みを減らすことができ、車体の軽量化が図れるのがメリットです。しかしながら、重みに耐えきれないため屋根に重いものを載せることができず、通常屋根上に設置される冷房装置が屋根に置けないことから冷房化が難しいということが欠点でもありました。
骨組みを減らし外板で荷重を支えているので、強度を確保するために丸みを帯びた形状になっているのが東急5000系の特徴です。車内に入ると、裾の部分に丸みがあることと、天井に近くなるにつれて車体幅が狭くなっていく、5000系らしい特徴的な空間が広がっていました。
オリジナルの運転台側では、客室から乗務員室に入る扉が一番右側に設けられていますが、その幅はずいぶんと狭く、体格のいい乗務員さんは通れるのだろうか、と少し心配にもなってしまいます。

シートの色はオリジナルの運転台側が緑、増設運転台側が赤になっていました。車内の半分ずつで色が違うのは面白いですが、東急時代からもともとこういう色分けだったのかはわかりません。

ドアの下のほうが丸くなっています。座席端の仕切りパイプも、くるっと丸まった形状で面白いです。

運転台と客室の仕切り壁に設置された「赤玉」は非常ブレーキ。字体も仕掛けもレトロな感じです。
運転席もアナログ機器が並ぶ昔ながらのもの。

北熊本駅は車庫もある拠点駅

上熊本から北熊本の間はわずか3.4㎞の距離です。間に4つの駅がありますが、それらに停車しても10分ほどで北熊本に到着しました。
北熊本は、熊本市内の藤崎宮前から郊外の御代志(みよし)へ行く路線と、上熊本から来る路線が接続する駅で、車庫も併設されている、熊本電気鉄道の拠点となっています。

到着した電車が短い停車時間ですぐにまた上熊本に向かって引き返して行くのを見送り、駅を出て車庫を見てみます。車庫に並んで休んでいたのは元都営三田線6000形

研修庫から顔を出す茶色い車両は、広島からやってきた大昔の国鉄の車両で、車庫の入換用に使われているそうです。

駅の南側からは、車庫と駅が一望できました。
北熊本では、上熊本から、藤崎宮前から、御代志からの3本の列車が一堂に会し、それぞれスムーズに乗り換えられるダイヤになっています。右から、藤崎宮前行き、御代志行き、上熊本行き、そして車庫に休む車両たち、計6本の列車が並びました。このうち4本が元都営三田線6000形で、窓の周りを黄色く塗られていたり、青帯の色合いが違ったり、多少のマイナーチェンジはありますが、東京で昔都営三田線を利用していたことがある身としては懐かしさを感じます。なお、中ほどの上熊本行きは先ほど乗ってきた元東急5000系のケロロ電車、左の水色の車両は大阪の南海電車の中古車です。

北熊本から再び上熊本

このあとは、御代志藤崎宮前にも行ってみたいところですが、時間がなかったため泣く泣く上熊本に戻ることにします。駅のホームから見た茶色の入換車両の奥に、わずかに緑の車体が見えます。この当時、5000形は2両残っていましたので、この日走っていた車両とは別の、もう1両の5000形かと思われます。こちらはケロロラッピングはされておらず、より東急時代に近い姿が見られたはずなので、外から見えない場所に停まっていたのが残念です。

上熊本からやってきたケロロ電車がホームに入って来ました。

東京では、都営三田線6000形車両と東急5000形が並ぶことはありませんでしたが、現在では東急目蒲線から変わった東急目黒線都営三田線相互直通運転をしているので、彼らの後輩たちは日常的に顔を合わせあっていることになります。後輩たちも、まさか先輩同士が熊本で毎日顔を合わせているとは思ってもいなかったことでしょう。

御代志藤崎宮前ゆきの列車が入って来ました。都営三田線6000形の帯色を赤くした車両でした。赤帯になっている6000形はこの1本だけで、他はすべて青帯のまま残っています。なぜこの1本だけ赤帯になったのでしょうか。

上熊本で青ガエルを見送る

上熊本に戻って来ました。ふたたび北熊本に向かって折り返していくまで、じっくり青ガエルを眺めてみたいと思います。

乗務員室扉の把手近くには、青ガエルが張りついています。

菊池方面行きのりばの表示があります。かつては御代志から先、菊池までの路線が延びていましたが、御代志~菊池は1986年に廃止されてしまいました。

やがて青ガエルは、北熊本に向かってゆっくりと走り去りました。

古巣東急から引退して25年以上が経った2012年にあって、現役で活躍する元東急5000系に乗れたのはとても良い機会でした。かつての面影を色濃く残し、東急時代を彷彿とさせつつも、1両で短い区間を行ったり来たりする姿は、ゆっくりと余生を過ごしているようでほほえましくも思えました。すでに日本の営業路線上からは消えてしまった東急5000系ですが、この熊本の車両はケロロラッピングを剥がした緑一色の東急時代のカラーで保存されているそうです。久しぶりに熊本に5000系に会いに行ってみたくなりました。


2012年11月