秋田県の東能代と青森県の川部を結ぶ147.2㎞のJR東日本のローカル線、五能線は、日本海の海岸線に沿って走り、迫力ある海の眺めが楽しめる路線として人気があります。そんな五能線には「リゾートしらかみ」という観光列車も走っていて、大きな窓とゆったりとしたシートに座って車窓を楽しめるほか、途中下車すれば、波打ち際の岩場にしつらえられた露天風呂が有名な黄金崎不老ふ死温泉や、「ストーブ列車」で知られるローカル私鉄、津軽鉄道などの観光も楽しむことができ、五能線の沿線は旅の目的地としてなかなか魅力的なエリアと言えます。
2013年3月、もう春の足音も聞こえてくる頃ですが、1泊2日で冬の津軽、五能線沿線を楽しむ旅に出かけました。
- 五能線とリゾートしらかみ号
- 大館能代空港から五能線を目指すも・・・
- 車窓に広がる日本海を見て リゾートしらかみで黄金崎不老ふ死温泉へ
- 海に浮かぶ絶景露天風呂 黄金崎不老ふ死温泉
- 強風のため五能線が運休に
- 津軽鉄道のストーブ列車
- ストーブ列車で津軽鉄道線を往復 日本で唯一の腕木式信号機も
- 立佞武多(たちねぷた)の館で立佞武多の迫力に圧倒される
- 五所川原から列車で青森へ
五能線とリゾートしらかみ号
五能線は東能代から弘前の近くの川部までを走る路線です。東能代も川部も奥羽本線との接続駅であり、つまり東能代から川部まで早く行くには、幹線である奥羽本線を利用したほうが早いわけですが、内陸部を走る奥羽本線に対し五能線は多くの区間で日本海に沿って走るため、車窓から美しい日本海が見られるローカル線として知られていました。その車窓を観光資源として活用しようと、1990年に観光列車「ノスタルジックビュートレイン」の運転が開始されます。ノスタルジックビュートレインは自由席車として使われる普通の客車2両に、大きな窓と展望デッキがついた指定席車両1両の計3両を機関車が牽引するスタイルで、通常の普通列車を、週末などに車両変更する形で運転されていました。通常の普通列車のダイヤで運転されるので基本的には各駅停車で、日常利用者にも観光客にも利用しやすいよう配慮されていましたが、車両の老朽化もあり、1997年の秋田新幹線開業を機に、「リゾートしらかみ」に生まれ変わりました。
リゾートしらかみは、ノスタルジックビュートレインとは変わって全席指定席の快速列車となり観光客向け列車の色が濃くなりましたが、利用は好調のようで、いまでは3編成の専用車両により、週末を中心に多い日では1日3往復が運転される人気列車となっています。運転区間も秋田~青森、秋田~弘前となっていて、秋田での秋田新幹線、新青森での東北新幹線からの乗り継ぎにも配慮されています。
しらかみの名は、沿線にある世界遺産の白神山地に由来します。
リゾートしらかみは全車指定席の快速列車なので、乗車するには乗車券のほかに指定券(通常期530円、閑散期330円、いずれも子供は半額)が必要です。指定券は全国のみどりの窓口やJR東日本の指定券券売機、えきねっとなどで購入することができます。
JRのきっぷについての少し詳しい説明は、こちらの記事もご参照ください。
2022年3月12日改正の運行ダイヤは下記のとおりです
<下り>
1号 秋田 8:29 ⇒ 青森13:29
3号 秋田10:50 ⇒ 弘前 15:49
5号 秋田13:57 ⇒ 青森 19:38
<上り>
2号 青森 8:09 ⇒ 秋田 13:26
4号 青森13:51 ⇒ 秋田 19:01
6号 弘前16:06 ⇒ 秋田 20:42
全区間乗りとおすとなかなかの長旅になりますが、一部区間だけでも乗車できるので、沿線の宿泊と組み合わせながらの乗車をする人も多いかと思います。
使用される車両は3種類あり、各編成とも、基本的な車内の仕様は同じですが、青を基調とした「青池」、緑を基調とした「橅(ぶな)」、オレンジを基調とした「くまげら」と、それぞれの編成は色合いが違い、愛称がつけられています。
運転日や、その他案内はJRのウェブサイトをご参照ください。
のってたのしい列車 ポータル>リゾートしらかみ(橅/青池/くまげら):JR東日本 (jreast.co.jp)
大館能代空港から五能線を目指すも・・・
五能線へのアクセスには、羽田から大館能代空港(あきた北空港)までのANA便を利用しました。大館能代空港は、その名のとおり大館と能代の間にあり、五能線の始発駅東能代へのアプローチも良いのですが、フライトは少ないです。(2022年3月現在、羽田~大館能代は1日3往復)
このときは10:05に到着するフライトに乗ったのですが、遅れにより到着したのは10:30で、本来乗りたかった五能線の列車に間に合わなくなってしまいました。列車が遅延していたりしないか一縷の望みをかけて、空港から乗り合いタクシーに乗って東能代駅まで向かいますが、ホームには目的の列車は影も形もありませんでした。五能線は列車の本数が著しく少ないので、次の列車はおよそ4時間後のリゾートしらかみ5号になってしまいます。東能代で待っていても仕方がないので、秋田までこの列車を迎えに行くことにしました。
秋田駅に停車するリゾートしらかみ5号。緑の「橅(ぶな)」編成でした。
窓が非常に大きく、眺望に優れています。
この当時の橅編成は、旧型のディーゼルカーを改造した車両でした。中間の連結部分に改造前の車両の面影が残っていますが、それ以外の客席部分はほとんど新しくつくりかえられていて新型車のようでした。とはいえ、足回りや骨組みなどは元の車両のままで製造から時間が経っていたためか、橅編成は2016年に新型車両に置き換えられました。
秋田地区を走る普通列車と並びます。実用本位のデザインの普通列車に対し、リゾートしらかみは観光列車らしいデザインです。
1997年に登場したはリゾートしらかみは、2012年で運行開始から15年を迎えました。
記念のステッカーには3本のリゾートしらかみのイラストが描かれていますが、青い青池編成だけすこし車両のデザインが違うのは、この時点で青池編成は新型車両に置き換えられていたためです。
快適なリクライニングシートが並ぶ車内の先頭部には、前方が楽しめるシートも。せっかくなら、前頭部の窓をもっと大きくして、眺望を良くしたほうが良かったのではないかと思います。
車窓に広がる日本海を見て リゾートしらかみで黄金崎不老ふ死温泉へ
秋田を発車したリゾートしらかみは、市街地を抜けて田園地帯へ、奥羽本線を快調に走って行きます。東能代で進行方向が逆になり、奥羽本線と分かれ五能線に入ってしばらく走ると、左側の車窓に海が見えてきました。
海に線路が接近する絶景ポイントでは徐行や一時停車のサービスもあり、夕暮れの日本海の景色をゆっくり眺めることができます。
列車はひたすら海岸線に沿って走り、カーブするところでは、いままで走ってきた方向が見えます。海岸から連なる山並みは白神山地の峰々。
奇岩の連なる海岸と沈みゆく夕日。
前方の海岸に、一隻の船が見えます。
やけに岸に近いところに停泊していると思ったら、座礁していました。
2013年3月1日、秋田から室蘭に向かっていたカンボジア船籍の貨物船が、折からの低気圧の暴風雪に煽られ、青森県深浦町の森山海岸に座礁してしまったそうです。この船体は、油漏れや船主の対応など問題もあったものの、地元の努力により2015年に撤去が完了したとのこと。
漁港のある陸奥岩崎を過ぎると、下車するウェスパ椿山はもうすぐです。車窓からは、まだ座礁船が見えました。
ウェスパ椿山駅に到着。ウェスパ椿山駅は2001年に開業した新しい駅で、駅裏の山の上にある、コテージや温泉施設のある観光施設、ウェスパ椿山へのアクセス駅として誕生しました。観光施設としてのウェスパ椿山は2020年10月末に閉鎖になったそうですが、駅は存続しています。
ここから宿の送迎車に乗って、本日の宿、不老ふ死温泉に向かいます。
海に浮かぶ絶景露天風呂 黄金崎不老ふ死温泉
黄金崎不老ふ死温泉は一軒宿の温泉で、最寄り駅は五能線の艫作(へなし)駅ですが、リゾートしらかみの停車するウェスパ椿山駅が実質的な玄関口になっています。
近代的な建物の宿にチェックインすると、部屋の窓からは荒々しい日本海を眺めることができました。
海岸の、ヨシズで囲われた一角は名物の露天風呂。
さっそく露天風呂に入りに行ってみると、聞きしにまさる海の近さ、そして解放感。吹きすさぶ海風が寒いですが、お湯に浸かれば大丈夫。日本海の絶景を思う存分楽しめる、最高の露天風呂でした。
夕食にはアンコウ鍋。おいしかったです。
海辺の露天風呂の入浴時間は日の出から日没まで。翌朝は一番風呂を狙って、日の出と同時に露天風呂へ向かいます。
誰もいなくてラッキー、と、浮かれて湯舟に入ってみると… つ、つめたい!
昨日に増して冷たい強風が吹きすさぶ朝の露天風呂は、湯の注ぎ口直下のフレッシュなお湯がわずかに温かさを保っていたので、注ぎ口を抱き込むように入ってみるものの、脇腹も背中も冷たい水に包まれ、とても入っていられません。早々に上がり、内風呂へ行って冷えた体を温めました。どうりで誰も入っている人がいないわけです。
許可をいただき、誰もいない露天風呂の写真だけ撮らせていただきました。
強風のため五能線が運休に
2日目は、ウェスパ椿山から引き続き五能線に乗って青森を目指す予定でしたが、不老ふ死温泉にチェックインした日の夜、翌日は強風の予報のため、五能線の運休が決定したと知らされました。景色の良い路線というのは過酷な自然環境の裏返しであり、五能線は強風や高波に遭うリスクも大きいので、運休にもなりやすいのです。この数年前の夏、五能線に乗ろうと青森に来た時も台風のため運休になり乗れずじまいだったので、今度こそはと思っていたのですが、またしても自然の威力の前に涙をのむこととなりました。五能線に乗るときには、運休になるリスクもあることを頭に入れておく必要もありそうです。
五能線の運休を受けて宿の送迎バスが青森方面まで走ってくださるとのことだったので、この日の目的、津軽鉄道のストーブ列車が出る五所川原まで、宿のバスに乗らせていただくことにしました。
バスは海に沿って走る五能線の線路と組んずほぐれつの国道を走ってゆきます。実は五所川原の到着予定時刻がストーブ列車の発車時刻ギリギリだったため、時計と現在地を眺めながら、ハラハラしながらのバス旅です。バスは快調に走り、これなら間に合いそうだ、と思っていたら、五所川原の市街地にさしかかったところで少し渋滞ぎみとなり、バスを降りて駅に駆け込んだのはストーブ列車発車ギリギリの時刻。駅員さんに、とにかく乗って、切符は車内で買ってください、と言われ急いでホームに向かって列車に飛び乗りました。
津軽鉄道のストーブ列車
津軽鉄道は、青森県の津軽五所川原から津軽中里まで、20.7㎞を結ぶローカル私鉄です。沿線には太宰治の生家であり現在は記念館になっている斜陽館や、桜の名所として知られる芦野公園などがあるため観光客の利用もありますが、冬季に運転される、古い客車に石炭炊きのダルマストーブを設置した「ストーブ列車」も観光客の人気を集めています。
ストーブ列車は一般の普通列車として運転され、かつては特別料金も不要でしたが、現在では一般車両とストーブ車両が連結されての運転で、ストーブ車両を利用する場合だけ、乗車券のほかにストーブ列車券を購入する必要があります。ストーブ列車券は2022年3月現在500円です。
ストーブ列車の運転期間は12月1日から3月31日までで、2022年3月時点では下記の1日3往復がストーブ列車連結の普通列車として運転されています。
<下り>
津軽五所川原 9:35 ⇒ 津軽中里 10:20
津軽五所川原 11:50 ⇒ 津軽中里 12:35
津軽五所川原 14:48 ⇒ 津軽中里 15:33
<上り>
津軽中里 10:48 ⇒ 津軽五所川原 11:32
津軽中里 13:37 ⇒ 津軽五所川原 14:22
津軽中里 15:54 ⇒ 津軽五所川原 16:38
ストーブ列車で津軽鉄道線を往復 日本で唯一の腕木式信号機も
一般車両は新しいディーゼルカーですが、ストーブ車両は旧国鉄の旧型客車で、重ねた歴史が味わいを醸し出す、ノスタルジー溢れる車両です。
一部座席を取り外し、ストーブが設置されています。排気用のパイプが天井に延びている部分が、ストーブ設置個所です。
ストーブの上には焼き網が置いてあり、車内で販売されているスルメをあぶり、日本酒を飲みながら旅を楽しむのが、津軽鉄道ストーブ列車の流儀。
途中の金木駅は津軽鉄道で唯一行き違いのできる駅で、ここで反対列車と行き違いをします。金木は太宰治記念館である斜陽館の最寄り駅なので、ここで降りる乗客も多かったです。
津軽五所川原から45分ほどで終点の津軽中里に到着。先頭に連結されていたディーゼルカーが反対側に連結しなおされます。
津軽中里駅の先は丘に阻まれるように線路が終わっていました。
列車は折り返し津軽五所川原行きとなって津軽中里を出発。
津軽中里では陽も差していましたがやがて雪が降り始めました。
行きと同じく、金木駅で反対列車と行き違い。太宰治にちなんで、走れメロスのマークをつけた車両です。
津軽鉄道には、古いタイプの鉄道信号機、腕木式信号機が現役で活躍しています。
ストーブ列車の後方から見た金木駅の腕木式信号機。赤く塗られた「腕」が真横にあるときは赤信号、腕が下に下がると青信号です。
この信号の切り替えは駅に設置されたてこによって行われていて、駅員さんがてこを動かすと信号機までつながっているワイヤーが動き、信号機の腕が上下するという、アナログな仕組みになっています。ワイヤーは線路の道床のすぐ脇あたりを走り、いくつかの滑車が設置されていますが、この地域では雪が多いためか、そのワイヤーが少し高い位置に引かれていて、よく見ると滑車のついたグレーの柱が信号機の後ろの線路わきに並んでいるのがわかります。
腕木式信号機が現役で活躍しているのは、2022年3月現在、津軽鉄道の金木駅と津軽五所川原駅だけですので、津軽鉄道に乗った時は必見の歴史的鉄道施設です。
帰りの列車でも、ストーブの上ではスルメが炙られています。
ストーブ用の石炭をくべるのは、車掌さんのお仕事。
薄暗い、雪の津軽平野を走ります。
津軽五所川原駅に到着。古き良き時代を感じる列車の旅もこれでおしまいです。
津軽五所川原駅構内には、使われなくなった古いディーゼルカーが置いてありました。
立佞武多(たちねぷた)の館で立佞武多の迫力に圧倒される
五所川原で開催される夏祭り「立佞武多(たちねぷた)」は、青森のねぶた、弘前ねぷたと並ぶ青森3大佞武多の1つで、高さ23m、重量19tの巨大な佞武多の山車が有名です。お祭り自体も、お祭りに使う大きな山車のことも「立佞武多」というようですが、山車の製造、メンテ拠点かつ保管場所であり、祭りシーズン以外でも迫力ある立佞武多を見てもらおうという施設が「立佞武多の館」です。五所川原駅から徒歩5分ほどのところにあります。
大きな吹き抜けに立佞武多が置かれている館内は、その吹き抜けに沿ってスロープがあり、さまざまな高さから角度を変えて、立佞武多を舐めるように眺めることができます。ここでは毎年1体ずつ立佞武多が製造され、展示に加わっているとのこと。
展示室の壁は巨大なドアになっていて開くことができ、お祭りのときには立佞武多たちはそこから出陣して行くのだそうです。
大きさ、色彩、躍動感。美しさと迫力を兼ね備えた立佞武多は、五所川原に来たらぜひ見て頂きたいと思います。
五所川原から列車で青森へ
立佞武多の館を楽しんだあとは少し早い夕食を食べ、五所川原駅に戻ります。
五能線のホームからは、津軽鉄道のホームに停まるストーブ列車が見えました。
強風のため運休していた五能線も、内陸を走る五所川原から川部までは動いていました。この青いラインが入ったキハ40型もいまでは新型に置き換えられて過去のものとなってしまいましたが、兵庫県の北条鉄道に譲渡された1両が、2022年3月、この五能線カラーのまま走り始めたそうで、活躍が続いているのは嬉しいことです。
途中の板柳でリゾートしらかみと行き違い。昨日乗った橅編成です。おそらく回送列車として、運転が再開されたら五能線経由で秋田に戻るのだと思います。
川部から東能代へは奥羽本線も通っているので、奥羽本線経由のほうが早く秋田に戻れるはずですが、リゾートしらかみは東能代で進行方向が変わって列車の向きも変わっているので奥羽本線経由で戻ると秋田に着いたときに通常と反対向きになってしまうため、回送列車は遠回りでも五能線を経由するのだと思われます。
このあたりはりんご畑がつづきますが、冬だとりんごの木とはわかりにくいです。
川部に到着。ここで向きを変えて弘前まで運転される列車を降り、奥羽本線の普通列車に乗り換えます。
奥羽本線の普通列車で新青森へ。到着したときには列車の後ろは雪まみれでした。
当時は新青森が終点だった新幹線で東京に帰ります。ぴったりと並んだ2本のE5系が美しいです。
1日目の飛行機の遅れ、2日目の五能線の運休というトラブルがありながらも、列車も温泉も立佞武多も、大いに楽しむことができました。また冬が来たら出かけてみたい、寒いけれども暖かい、素敵な津軽の旅でした。
2013年3月