名古屋から伊勢志摩、京都、大阪など、広い範囲に路線網を持つ近鉄のなかでも、名古屋と大阪という2大都市をおよそ2時間で結ぶ特急「ひのとり」は、快適な車内設備とリーズナブルな料金が人気の近鉄の花型特急列車です。この「ひのとり」は専用の80000系車両で運転されているのですが、名古屋~大阪以外の区間でも「ひのとり」用車両に乗れるチャンスがわずかながらあります。それが大阪~奈良の区間です。
2023年4月、「ひのとり」車両のアルバイト運用、近鉄奈良発大阪難波行きの特急列車に乗ってみました。
近鉄特急「ひのとり」について
「ひのとり」は80000系特急用車両の愛称
「ひのとり」は、2020年3月から運転を開始した近鉄の特急用車両80000系の愛称であり、またその車両が使用される特急列車の呼び名です。たとえば小田急の特急ロマンスカーでは、新宿~箱根湯本間で運転される「はこね」や新宿~片瀬江ノ島間で運転される「えのしま」など、運転区間や停車駅のパターンなどによって列車名がつけられていて、使用される車両は、同じ「はこね」号であってもGSEだったりEXEだったり統一されていませんが、「ひのとり」は車両の愛称なので、どの区間を走っても、80000系車両が使われる特急であれば、特急「ひのとり」と呼ばれることになります。
車体のカラーは深く上品な赤で、車体に描かれた金色の「火の鳥」のマークが、高級感と躍動感を感じさせます。
メインの運用は近鉄名古屋~大阪難波の花型 名阪甲特急
「ひのとり」は、近鉄名古屋と大阪難波を結ぶ特急のうち、毎時00分に始発駅を出発し、途中停車駅の少ないタイプの列車(「名阪甲特急」と呼ばれる。始発駅を毎時30分発で途中停車駅が多いタイプの列車が「名阪乙特急」)を中心に運用されています。2大都市を結び、毎時00分に始発駅を出発し、停車駅が少ない、という条件を見るだけで、この運用が特急列車として花形であることが感じられますが、その花形の運用を一手に引き受けているのが80000系「ひのとり」です。名阪甲特急はすべて「ひのとり」で運転されているので、「ひのとり」=「名阪甲特急」というイメージは強いですし、実態としても、ほぼそのイメージのとおりであると言えます。
2023年5月現在、定期運用で「ひのとり」が使われる特急は、「名阪甲特急」以外には大阪難波~近鉄奈良の「阪奈特急」だけです。
プレミアム車両とレギュラー車両の2クラス制
「ひのとり」は6両編成または8両編成で、いずれの両数の編成でも、両側の先頭車2両がプレミアム車両、中間車両4両または6両がレギュラー車両になっています。
レギュラー車両は、通路を挟んで両側に2人掛けシートが並ぶ、特急車両としても標準的な座席配置ですが、座席の前後間隔は116㎝あるため、ゆったりと座ることができます。
グレーのシートが並ぶレギュラー車両。窓1つに1列の座席が割り当てられています。また、シートにはバックシェルが取り付けられているので、座席をリクライニングさせても後ろの人に迷惑がかかりません。
コンセントも全席に完備しています。
レギュラー車両の2号車、5号車、7号車(7号車は8両編成の場合のみ)のデッキにはロッカーとベンチスペースがあります。大きな荷物を持って客室に入るのは大変、でもデッキに置いておくと盗難が心配、というようなときでも、このロッカーを使えば安心です。自分で所持する交通系ICカードで施錠することができ、利用は無料です。
ベンチはフリースペースで誰でも座ることができますので、名古屋と大阪のあいだの所要時間は2時間ほどではありますが、乗車の途中でベンチで気分転換することも可能です。窓も大きいので、流れゆく車窓を楽しめそうです。
両先頭車のプレミアム車両は、床面を少し高くしたハイデッカー車両。外から見ると、窓がレギュラー車両より高い位置にあることがわかります。
プレミアム車両のシートは高級感あふれる本革張りのもの。通路を挟んで2列と1列の配置で、前後間隔は130㎝もあります。
レギュラー車両と同じく全席コンセント付き、バックシェル付きシートで、後ろの人に気兼ねすることなくリクライニングが使用できます。
リクライニングの操作や読書灯の点灯は、ひじ掛けについた操作パネルで。
プレミアム車両のデッキにはコーヒーやお菓子、グッズなどの自販機やロッカーがあります。
コーヒーは挽きたての豆の香りが楽しめる本格派。ただし、壁に備え付けられた紙コップホルダーから紙コップを取り、自分でコーヒーマシンにセットしなければならないのがちょっとしたトラップです。さすがにコップがセットされていなければコーヒーも出ないようになっているのだとは思いますが…
奈良と大阪を最短距離で結ぶ近鉄奈良線
大阪の難波と奈良を結ぶ鉄道は、JR大和路線と近鉄奈良線の2本があります(正式には近鉄奈良線は布施~近鉄奈良 26.7kmで、布施から大阪難波までは近鉄大阪線と近鉄難波線に乗り入れ)。JRのJR難波~奈良の距離が41.0㎞であるのに対し、近鉄の大阪難波~近鉄奈良は32.8㎞と8.2㎞も短く、近鉄奈良線は難波と奈良を最短距離で結ぶ鉄道路線です。
最短わずか30㎞ほどの距離にもかかわらず、JRと近鉄で8㎞もの距離の差があるのは、大阪と奈良の間に壁のように立ちはだかる生駒山地のせいです。JRは生駒山地の南を迂回して走るのに対し、近鉄は勾配と長大トンネルで生駒山地を貫いて走っています。この生駒越えにより、近鉄には大阪平野を一望する絶景の車窓を楽しむことができます。
大阪難波と近鉄奈良を結ぶ近鉄特急
大阪と奈良の間およそ30㎞という距離は、関東で言えば東京~横浜や東京~大宮と同じくらいで、速達列車に乗れば30分程度で着いてしまう距離です。全席指定の特急列車に乗るほどでもない近さなので、JRの大阪地区~奈良には定期の特急列車は1本も運転されていません。近鉄は特急の運転はありますが、ほぼ朝夕のみの限られた時間帯だけとなっています。しかしながら近鉄の大阪~奈良の特急(阪奈特急と呼ばれる)は使用車両のバリエーションが多く、名阪甲特急以外はここしか定期運用のない「ひのとり」や観光特急「あをによし」、「ひのとり」登場前の名阪甲特急の主役「アーバンライナー」、2階建て車両がある「ビスタカー」など、乗ってみたい車両が目白押しです。2023年5月時点の大阪~奈良間の近鉄特急(阪奈特急)の運転時刻と使用車両は以下の通りです。
平日の奈良方面は朝の「あをによし」を除いては夕方以降のみの運転、大阪方面は朝の運転が多いです。
あをによしは原則として木曜運休。
休日は平日よりも運転本数が少ないです。大阪から奈良へは観光客向けに朝の特急が多いかと思いきや、残念ながら朝は「あをによし」1本だけという状況。
大阪難波~近鉄奈良「ひのとり」の乗車料金
「ひのとり」の利用には、通常の特急券のほか特別車両券が必要ですが、この特別車両券はプレミアム車両で300円、レギュラー車両なら100円という安さです。特急券、乗車券をあわせて、大阪難波~近鉄奈良の「ひのとり」の乗車料金は、プレミアム車両は1500円、レギュラー車両で1300円です。
近鉄奈良から大阪難波へ 特急ひのとりに乗る
土休日の夕方16:03に近鉄奈良を出る大阪行き特急には「ひのとり」が使われています。ちょうど奈良の観光を終えて大阪に戻るのにちょうどよい時間帯に運転される「ひのとり」のプレミアム車両に乗って、奈良から大阪への快適な旅を楽しみました。
近鉄奈良駅の発車案内。大阪難波までは36分の短い旅ですが、途中停車駅が5つもあります。
近鉄奈良は地下駅。大阪難波発近鉄奈良行きの列車として15:53に近鉄奈良に到着した列車が、折り返し16:03発の大阪難波行きになります。
隣のホームには京都行きの特急が停車中。
ただでさえ10分しかない折り返し時間、車内整備も行われるので乗車できたのは発車直前でした。大阪難波寄り先頭の6号車プレミアム車両に入ると、ゆったりとした座席、外装カラーを思い起こさせる赤いカーペットが高級感を醸していて、これからはじまる列車の旅の期待値があがります。
近鉄奈良を発車した列車はほどなくして地上に出ます。プレミアム車両は客席から運転席越しの前面の眺めもとても良いです。
最初の停車駅は大和西大寺。大型のモニターには乗り換え案内も表示され、乗り換え客にも便利です。
近鉄奈良を出て新大宮を通過すると、やがて車窓には広い原っぱが広がります。ここは世界遺産 平城京跡で、近鉄奈良線は世界遺産の中を突っ切って線路が敷かれています。これは、路線建設当時、平城京跡を避けて線路を敷いたつもりが、その後の調査で平城京跡が思いのほか広かったことがわかり、結果として近鉄の線路も遺跡内に敷かれていることになったというわけです。
平城京跡を抜けるとほどなくして大和西大寺に到着します。大和西大寺は、大阪と奈良を結ぶ路線と、京都と橿原神宮前を結ぶ路線が交わるターミナル駅。この駅には車庫も併設されています。この車庫には思い出があり、小学校の修学旅行の奈良での自由時間に、友人数人とこの大和西大寺の車庫を訪れて見学させていただいたのでした。突然の訪問にもかかわらず、係の方には丁寧に案内していただき、その時の記憶はいまだに鮮明に残っています。いまは車庫見学などは難しいと思いますが、当時は良い時代だったなあと懐かしむと同時に、対応して頂いた係の方にはとても感謝しています。
車庫への入庫線、奈良方面と橿原神宮方面の路線が交わってたくさんのポイントが並ぶ大和西大寺駅構内。
大和西大寺に停車中。隣のホームから京都方面へ向かう列車が発車していきました。
この列車が向かう大阪方面は左に分かれます。
あいにくの雨で見通しが悪いですが、大和西大寺を出ると上り勾配が多くなり、生駒の山に向かって登って行くのがわかります。
生駒山の山腹にも住宅が広がっています。生駒にはケーブルカーがありますが、このケーブルカーは住宅街の中に複線の線路を持ち、踏切まであるという、ケーブルカーらしからぬ路線です。
生駒を出るとすぐに長いトンネルに入り、生駒山地の下を抜けていきます。
トンネルを出てすぐに石切駅があり、そこを通過すると右側に大阪平野を見渡せる景色の良い区間になります。
あいにくの天気ですが、眼下に広がる大阪の町並みがきれいです。
下り勾配で山を下りて行きます。
遠くにあべのハルカスも見えました。
あべのハルカスもだいぶ大きく見えるようになってきました。
布施からは大阪線に合流し、大阪上本町までの区間は複々線になっています。
JR大阪環状線との乗換駅、鶴橋が見えてきました。
鶴橋付近ではあべのハルカスもだいぶ大きく見えるようになっています。
鶴橋を出ると、線路が2本ずつ、上と下に分かれます。上に行くと大阪上本町駅の地上のホームに入り、下に行くと大阪上本町駅の地下ホームを経て大阪難波、そしてその先阪神線まで線路が続いています。
地下に入って大阪上本町に停車すると間もなくして終点の大阪難波。
奈良から36分の「ひのとり」の旅がおわりました。
到着したホームには阪神直通列車も発着するので、後続の列車の邪魔にならぬよう、回送となった「ひのとり」はすぐに引き上げ線に向かって走っていってしまいました。
奈良から大阪までわずか36分の旅ですが、世界遺産の遺跡や大阪平野を見下ろす風景など、変化に富んだ車窓が楽しめました。せっかくの快適な列車をこんな短時間で降りてしまうのはもったいない気もしますが、「ひのとり」の奈良から大阪への旅は、奈良、大阪観光の足として、ぜひ利用してみて頂きたい素敵な列車でした。
2023年4月