そこに線路があるかぎり

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【タイ】旅情あふれるバンコクの中央駅 フワランポーン駅で日本のブルートレインに出会う (2010年)

バンコクの中央駅とも言えるタイ国鉄のフワランポーン駅は、ずらりと並んだ行き止まり式のホームとそれを覆う高いアーチ型の屋根が独特の雰囲気を醸し出す、旅情あふれる魅力的なターミナル駅です。この駅からはタイ国内各地やマレーシアへの国際列車が発着しており、私も学生時代、ここからマレーシアのバタワース行き寝台列車に乗ってマレー半島縦断の列車の旅をしたことがありますが、その時にこの駅の風情にすっかり心を奪われたことを覚えています。それからおよそ10年の時を経て、ふたたびフワランポーン駅を訪れる機会を得たのは2010年のことでした。

正式名称はクルンテープ? いくつかの呼び名があるフワランポーン駅

旅行案内などではフアランポーン駅という表記をよく見かけますが、タイ国鉄の正式な駅名としては、クルンテープ駅と言うそうです。ただ、タイ国鉄の駅に隣接する地下鉄(MRT)の駅名はフワランポーン駅でいいようなので、少しややこしいです。また、外国人に対しては、バンコク中央駅や、ただのバンコク駅などと呼ばれることもあるそうなので、ますますややこしいことになっています。
フワランポーン駅の正式名称、クルンテープとは「天使の都」という意味で、もともと外国人がこの町を呼ぶときに使ったバンコクという名前に対し、地元でのこの町の呼び名として使われているのだとか。実はバンコクの正式名称は実に120文字を超える非常に長いもので、世界一長い首都の名前として知られており、あまりに長さにすべて言えないためにその冒頭部分の「クルンテープ」が通称となっているようです。
なお、タイ政府観光庁のウェブサイトによれば、バンコクの正式名称は以下のとおり。

クルンテープ・マハナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット」
意味:「天使の都 雄大都城 帝釈天の不壊の宝玉 帝釈天の戦争なき平和な都 偉大にして最高の土地 九種の宝玉の如き心楽しき都 数々の大王宮に富み 神が権化して住みたもう 帝釈天が建築神ヴィシュカルマをして造り終えられし都」

タイ王国の概要 | 【公式】タイ国政府観光庁 (thailandtravel.or.jp)

廃止予定が伝えられたタイ国鉄フワランポーン駅

タイ国鉄のフワランポーン駅が現在の場所に竣工したのは1916年のことで、長い間バンコクの中央駅としてターミナル機能を持つ駅でしたが、タイ国鉄では近年、フワランポーンより7㎞ほど北にあるバンスー駅を整備し、ターミナル機能をフワランポーンからバンスーに移転する計画を進めてきました。バンスー駅の整備がほぼ整ったことを受け2021年12月23日をもってフワランポーン発着のすべての列車は運行を終了し、駅舎は鉄道博物館として活用されるという計画になっていたそうですが、2022年10月現在もフワランポーン駅はまだ営業しているようです。タイ政府観光庁のウェブサイトによれば、2022年6月時点の情報として、近郊列車を中心に1日約22本の列車がフワランポーン発着として残っているほか、バンコク近郊の国鉄路線を電化し通勤路線化したレッドラインがバンスーからフワランポーンまで延長されることが決まっているそうなので、どうやらフワランポーン駅も完全廃止ということは免れそうです。もっとも、これまでの計画も二転三転しているので、果たして今後この駅の処遇がどうなるのか、動向を見守る必要がありそうです。

高い屋根に覆われたホームは旅情満点

2010年9月、ホテルからタクシーに乗りフワランポーン駅に向かいました。学生時代に訪れてから実に10年以上の月日が流れていますが、タクシーがフアランポーン駅に近づくと、見覚えのある景色に懐かしさがこみあげてきました。駅に横付けされたタクシーを降りて構内に入ると時間が一気に逆戻りし、期待と緊張を胸にこの駅に初めて足を踏み入れたときの気持ちが甦ってきました。

駅舎に入ると、まず広大な待合スペースがあります。高いアーチ屋根はホーム部分から続いていて、きっぷ売場の間の小さな入口を入るとホームに出ることができます。

ホームに入ると、高い屋根に覆われた薄暗いホーム、そこに並ぶステンレス製の寝台客車や旧型のローカル客車など、目の前に広がるターミナル駅の情景は10年以上の歳月を経ても記憶の中のフアランポーン駅となんら変わっておらず、嬉しくなります。

停車する列車を眺めながらホームを前の方に歩いてゆくと、頭上を覆うドームは車両2、3両分のところですぐに終わって、あとは普通の屋外のホームになりました。見るからに旅行者ふうの人、列車を待っているわけでもなさそうな、ただ何をするでもなくベンチに寝転がる人、ホームにはさまざまな人がいます。昼下がりのフアランポーン駅は、なんとものんびりとした空気が漂っていました。

車両基地の片隅に日本のブルートレインを発見

ホームも先端までゆくとその先に車両基地が広がっているのが見えます。左側にはディーゼルカーが、右側には客車がたくさん停まっているのですが、その右側に停まる客車の中に、見ておきたかった客車を見つけることができました。

ついこの間まで日本の線路の上を元気に走っていたJRの寝台客車、ブルートレインです。1980年代後半ごろからJRでは次々と寝台列車が廃止されてきましたが、列車の廃止とともに余剰になった寝台客車の一部はタイに譲渡され、タイで第2の人生を歩むことになりました。タイにやって来た寝台客車のほとんどはJR西日本から2008年に譲渡されたものです。ホームに近い留置線に止まっていたその車両は、妻面はタイ国鉄標準の塗装に変わっていますが、側面の青い塗装は日本で活躍していた頃とほとんど変わっておらず、日本時代の面影を色濃く残しています。日本国内をブルートレインで旅をした思い出も多くありますが、思い出のフアランポーン駅で思い出の日本の車両に出会えるとは、感慨深いものです。

寝台客車の他にも、JRから譲渡された車両が何種類かあるはずなので、どこかに姿が見えないかな、と、目の前に広がる留置線群に目を凝らしてみると、遠くに何両かのブルートレインらしき車両がいるのは見えたものの、そのほかのJR車両は見つけることはできませんでした。

JRの12系座席車がやって来た

線路の先にこちらに向かってくる列車の姿が見え、やがてそれが目の前のホームに入線してくると、客車を見て驚きました。塗装こそ日本時代と変わっていますが、JRから譲渡された12系座席車ではありませんか!

到着した列車は目の前を通り過ぎ、ホームのずっと遠くの方に停車しました。近くで眺めたかったので長いホームをその列車の方に歩いてゆくと、乗客を降ろし終えた列車はすぐにまた引き返してきて、車両基地の中に消えて行ってしまいました。
仕方なく、またホームを歩き始めると、車両に取り付ける行先サボが置かれた棚があったり、なんともユーモラスな顔つきの機関車が停まっていたりと、興味深い光景が広がっています。

ふと気がつくと、どんよりと曇った空から大粒のスコールが降り始めましたが、雨粒の向こうに、先ほど基地に引き上げた編成と思しきJRの12系座席車が再び戻ってきて、別のホームに停車するのが見えました。次の営業列車になるようです。

連結部は幌ではなくわずかな手すりがあるだけの開放的なもの。走行中にここを通ってとなりの車両に向かうのはなかなかスリルがありそうです。

車掌室があった車両の妻面の窓は埋められていました。

車内に乗り込んでみると、シートはビニール張りに変わっているものの、車内の造作は日本時代そのままです。トイレもホースが取り付けれらたりはしていますが、ほぼ日本時代のまま。やはりこんなところでこんな車両に出会うのは不思議な感じがします。

こうしてフアランポーン駅でのひとときを満喫しているうちに雨もあがったので、駅の散策を切り上げて町に観光に行くことにしました。

再び訪れたフワランポーン駅

その2日後、やはりもう少しブルートレイン車両を見てみたいと思い、再びフアランポーン駅を訪れました。
ホームには、マレー半島東海岸側のマレーシアとの国境の駅、スンガイコローク行きの夜行列車、そして学生時代に乗った、マレー半島西海岸を走り、ペナン島へのフェリーが出るバタワース行きの夜行列車が発車を待っていました。またいつか、ゆっくりと夜行列車に乗ってマレー半島を旅してみたいと思います。

 

 

ホームの先端まで行くと、2日前と同じ場所には変わらずJRの寝台車が停まっているのが見えました。

バンコクの駅の片隅に佇むJRのブルートレインたち

ふと視線を右のほうにやると、2日前は気がつかなかったか、その後やってきたのかわかりませんが、別のJRの青い客車が停まっているのが見えました。
近づいてみると、寝台車と座席車、JRの車両だけが3両つながって停まっているではありませんか。3両のうち、手前の1両が寝台車、うしろの2両が14系座席車です。

 

紛れもなく日本のブルートレインですが、車体のタイ文字のペイントや、線路の先に見える車両たちが、ここが日本ではないことを感じさせてくれます。

手前が座席車、奥が寝台車。

向かいのホームに停まる列車にも、雑多につながった客車の中に青いJRの寝台車が挟まっていました。タイの旧型客車と連結されているJRの寝台車、明らかに車体のサイズも違いますが、そんなことはおかまいなしに連結されているのが面白いです。

この当時すでに日本でもほとんど見ることができなかった青い客車同士が、こうしてバンコクの駅で並んでいる光景というのもなかなか感慨深いものがあります。

JRのブルートレインの先もまたタイの旧型客車がつながれています。

ホームを駅舎のほうへ歩いて行くと、豪華観光列車イースタン&オリエンタルエクスプレスに使われる車両が1両だけ留置されていました。その向こうに見えるJR14系座席車。こんな組み合わせの並びが見られるとは信じられません。

アーチ屋根の部分まで戻ってきました。この部分は薄暗いですが、外からの明かりが作り出す陰影が美しいです。ヨーロッパの駅のような雰囲気ですが、それもそのはず、この駅はドイツのフランクフルト駅をモデルにデザインされたのだそうです。

美しく趣あるフアランポーン駅を満喫しただけでなく、JRのブルートレインや座席車など、日本を離れて活躍するなつかしい車両たちに会え、楽しいひとときが過ごせました。残念ながらこれらの日本製の車両たちはその後ブルーの日本時代の塗装も新しい色に変更されたうえ、2022年現在では定期運用もなくなってしまっているようですが、この美しいフワランポーン駅はいつまでも変わらず旅の出発点として活躍を続けて欲しいものだと思います。

 

2010年9月