そこに線路があるかぎり

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〈あの頃あの路線〉 海と灯台とキャベツ畑 2023年に開業100周年を迎える関東最東端のミニ私鉄 銚子電鉄の風景【銚子電気鉄道/千葉県】(2016年)

千葉県の東端に位置する銚子は、広大な関東平野を流れてきた利根川の河口に開け、日本3大漁港のひとつに数えられ水揚げ量日本一の銚子漁港や、醤油醸造などで知られる港町です。日本でいちばん早く初日の出が拝めるという犬吠埼や、日本の渚100選にも選ばれた君が浜、地球の丸く見える丘展望台などの景勝地もあり観光客も多く訪れるところですが、この銚子市内を走る小さな鉄道が銚子電気鉄道です。

2023年には開業100周年を迎える銚子電鉄

銚子電気鉄道は、略して銚子電鉄や銚電などという呼び名で親しまれ、銚子から外川まで6.4㎞を結んでいます。この記事では、最も親しまれている呼び名である、銚子電鉄と呼ぶことにします。銚子電鉄は、JR総武本線成田線の終着駅である銚子から(成田線は線路戸籍上は隣の松岸までですが、全列車が銚子駅まで乗り入れ)銚子半島をぐるっと半周回り込むようにして線路が延びています。
銚子電鉄の歴史は古く、ルーツとなる銚子遊覧鉄道が1913年に設立され銚子ー犬吠間の路線の営業を開始しました。残念ながら赤字のため1917年に銚子遊覧鉄道は廃線となってしまいますが、この廃線跡の敷地を利用し、区間も少し延ばす形で1923年(大正12年)7月5日に銚子ー外川間を開業した銚子鉄道が、現在の銚子電鉄の起源です。2023年には開業100周年という大きな節目を迎えます。

稼ぎ頭は「ぬれ煎餅」 食品会社が運営する鉄道は何かとユニーク

銚子電鉄といえば「ぬれ煎餅」が有名です。本業の鉄道の収支が芳しくない中、1995年に製造販売を開始した「ぬれ煎餅」は大きな人気を博し、いまでは会社の屋台骨を支える主力商品となりました。帝国データバンクでは銚子電鉄は業種が「米菓製造業」に分類されており、食品会社が鉄道を運営しているという状況になっています。
ぬれ煎餅以前にも、銚子から2駅目の観音駅構内で売られていたたい焼きが評判で、もともと食品事業としてのセンスがあったのかもしれませんが、現在はスナック菓子やレトルトカレー干し芋や佃煮など食品のラインナップもますます充実しています。これらの食品は、経営がまずいことからスナック菓子は「まずい棒」、経営がサバイバルということでカレーが「鯖威張るカレー」、電車に乗って欲しいという願いから干し芋が「電車に乗ってほしいも」という具合に、赤字経営を逆手に取ったユニークな商品名がつけられています。
これらの商品はオンラインショップでも購入できます。

銚子電鉄のぬれ煎餅オンラインショップ (chodenshop.com)

銚子から君ヶ浜へ

さて、そんな銚子電鉄に乗って、春の銚子の風景の中を走る電車の写真を撮ってみようと、2016年5月、銚子に出かけました。
銚子電鉄は、JR銚子駅のホームの先のほうに設けられた銚子電鉄のりばから発車します。停車していたのはこの年デビューしたばかりの3000形。銚子電鉄には2両編成の電車が3本、計6両の車両で営業しています。いずれの車両も愛媛県伊予鉄道で走っていた車両が譲渡されたものですが、もとを正せば東京の京王電鉄(当時は京王帝都電鉄という会社名)から伊予鉄道に渡った車両であり、銚子が3か所目の職場となる「中古の中古」車両です。

銚子から住宅地の中を走り、笠上黒生(かさがみくろはえ)という駅で対向列車と行き違いをしました。銚子電鉄は全線単線ですが、列車の行き違いができる駅は笠上黒生しかありません。
やってきた銚子行きの列車は2000形の第2編成。ベージュとピンクのレトロ感ある塗分けは、かつての銚子電鉄の標準塗装。この編成は2021年3月より「岩下の新生姜」で知られる栃木県の岩下食品とコラボし、車内に風船やぬいぐるみなどの飾りつけがされた「ニュージンジャー号」という愛称で走っています。

『ピンクニュージンジャー号』好評運行中! 銚子電気鉄道株式会社 (choshi-dentetsu.jp)

2000形は前と後ろで全く違う顔をしています。銚子寄りの車両は貫通扉なし、外川寄りの車両は貫通扉ありになっていますが、もともとの京王時代の顔は貫通扉なしのもの。(京王時代は2枚の窓の下、顔でいうと口のあたりに、四角い行先表示窓がありましたが、伊予鉄道に譲渡されたときに埋められています)貫通扉は、伊予鉄道時代、3両編成だったものを2両編成にすることになり、もともと運転台のなかった中間車両に運転台を取り付けられた際にできました。デザインは元京王5000系(現在の銚子電鉄3000形)と同様のものとされたため3000形とそっくりの顔をしていますが、よく見ると3000形は車体下部に向かって裾が絞られているのに対し、2000形はまっすぐであるなど、細かな違いがあります。


3000形の外川行を、君ヶ浜駅で下車。外川に向けて走り去る電車を見送ります。

森と丘とキャベツ畑 緑の中を走る 海鹿島~君ヶ浜

君ヶ浜と、一つ手前の海鹿島(あしかじま)の間で銚子電鉄は緑の林や丘のふもとを抜け、キャベツ畑の中を走ります。銚子の春キャベツは有名です。
外川で折り返し、銚子行きとなった3000形がやってきました。木々の間から君ヶ浜駅に停車中の電車が見え、やがて君ヶ浜を出発した電車がカーブを曲がり、林の中に消えてゆきます。

しばらくすると、3000形と笠上黒生ですれ違った2000形の外川行がやってきました。車内は立客もいるほど賑わっているようです。

しばらくすると、外川で折り返した列車がやって来ました。本日の銚子電鉄の電車は、青い3000形とピンクの2000形の2本体制での運行です。

次の外川行き3000形を撮影したあと、歩いて海鹿島駅に向かいます。

海鹿島駅に着くと、外川から戻ってきた3000形と出会いました。線路際のよく手入れされた花壇にはきれいな花が咲き、目を楽しませてくれます。

かつてアシカが生息していたという海鹿島が近い海鹿島駅は、関東最東端に位置する駅としても知られています。

変形した矢印のような断面の古い駅舎。

青い3000系銚子行きが去り、ピンクの2000系外川行きがやってきました。この外川行に乗り、終点の外川まで行こうと思います。

終着 外川駅

終点、外川駅には古い木造駅舎があり、とても風情のあるところです。駅の外れには古びた車両が保存されています。この車両は2000形の導入とともに廃車になった800形で、これも元伊予鉄道の車両です。銚子電鉄が走る電圧は直流600Vですが、JRをはじめとする多くの直流電化鉄道は1500Vであり、中古電車を買ってきてもそのままでは走らせることができません。伊予鉄道は数少ない600Vの鉄道のひとつであり、車両の融通がしやすいため、近年は伊予鉄道から銚子電鉄という車両譲渡が続いています。
私が小学生の頃、初めて銚子電鉄に乗ったときの車両が、この800形でした。当時はこの茶色と赤の塗装ではなく、いまの2000形第2編成が纏っているような、ベージュとピンクの塗装でした。

外川駅のまわりとぐるっと回ってみます。

外川駅のホームは1つだけですが、線路は2本あります。これは元の機回し線で、機関車がひっぱってきた列車をホームにおいて機関車だけ切り離して奥の線路で一旦停止、向きを変えた機関車がこの線路を通って列車の反対側に回って連結されて、列車が折り返し出発できるようにするための線路ですが、機関車が牽く列車がなく、そのまま反対向きに走ることができる電車ばかりの現在では着回し線は必要なく、800形保存車両が線路をふさいでいます。

外川駅ネーミングライツにより「ありがとう」の愛称がつけられています。

踏切が鳴りだし、2000形が銚子に向けて走り去って行きました。

太平洋と灯台が見渡せる犬吠駅周辺

外川から歩いて隣の犬吠駅まで向かいました。木々の合間に犬吠駅のヨーロッパ風の駅舎が見えたところで、外川行きの3000形がやってきました。

犬吠は銚子きっての観光名所、犬吠埼の玄関口となる駅で、多くの観光客が利用します。駅の、海と反対側は小高い丘になっていて、その頂上には「地球の丸く見える丘」という展望台があります。

この丘からは銚子電鉄と海が見渡すことができます。車窓からはほとんど海が見えない銚子電鉄ですが、丘から見下ろすと雄大な太平洋をバックに走る電車の姿が見え、車窓から眺めるのとはまた違った銚子電鉄の風景が楽しめます。

さきほど写真を撮った君ヶ浜のキャベツ畑も見えました。

この丘は本当に見晴らしがよく、畑を抜けて森をかすめ、家々が建ち並ぶ住宅地の中へと走る銚子電鉄の姿を追いかけることができて楽しいです。

西海鹿島のキャベツ畑と笠上黒生の澪つくし号 

犬吠の丘でしばらく絶景を楽しんだあとは、電車に乗って西海鹿島へ。この駅はすぐ前にキャベツ畑が広がっています。

西海鹿島を出てキャベツ畑の中を外川に向かって走る2000形。

外川で折り返してきた2000形に乗り、今度は笠上黒生へ。

笠上黒生での交換風景。

風格ある木造駅舎が走り去る列車を見送ります。

笠上黒生駅のホーム裏には、波の模様が描かれた貨車のような車両が止めてありました。これは貨車を改造してつくられた「澪つくし号」というトロッコ車両で、かつては観光客の多い時期に、旅客列車に連結されて走っていました。澪つくし号の愛称は、銚子が舞台となったNHK連続テレビ小説澪つくし」に由来します。私も何年か前に1度だけ乗ったことがありますが、確か特別料金や予約などは不要で、気軽に乗ることができたトロッコ列車だったように記憶しています。そしてこの車両は運転台がついていないので、常に列車の後ろに連結される必要がありますが、外川駅では当時は使用できた着回し線を使って、牽引する電車がこのトロッコの反対側につなぎなおされて折り返していたことを覚えています。なお、3000形の青の濃淡のカラーリングは、この澪つくし号のカラーリングがモデルとされました。

陽も傾いた笠上黒生に到着する2000形外川行。

あとからやってきた銚子行き3000形が、単線区間の昔ながらの保安システムである「通票」を受け渡し、銚子に向けて出発します。通票は、このわっかの根元にあるホルダーに、この区間を走っていいですよ、という通行手形の意味を持つ金属製の円盤が収められており、これを持っていなければこの区間を走ることができません。今では単線区間でも自動化されているところが多く、駅員さんと運転士さんと通票を受渡しながら走る路線もだいぶ少なくなってしまいました。

仲ノ町で車庫を見学

銚子電鉄を楽しんだ1日の最後は、銚子の隣の駅、仲ノ町にある車庫を見学することにしました。
仲ノ町に停車する3000形。この駅のホームがだいぶ低いのがわかります。

銚子に向けて最後の1区間を走って行きます。

ここ仲ノ町は本社と車庫があり、銚子電鉄の拠点となる駅です。入場券を購入すれば車庫の中の決められたエリアを自由に見学することができます。
木造の古い検修庫には、真っ黒い古典電気機関車の姿が。いまはもう機関車としての役割を引退していますが、きちんと整備され、動くことができるようになっているそう。
そして本日は動いていない緑一色の2000形が休んでいるのも、間近で見ることができました。

目を引く赤い車両は、2015年に引退した1000形車両。この1000形は元営団地下鉄の2000形車両で、銀座線と、丸ノ内線方南町支線で活躍していた車両です。赤い塗装は丸ノ内線方南町支線の車両のカラーが復刻されたもの。

方南町支線は全線が地下なので、営団地下鉄時代は白日の下でこの車両のこの塗装を見られる機会はほとんどありませんでした。

2000形のグリーンは、京王時代の塗装を再現したものです。幼き日にこの緑の京王線に乗ったことがあるので、とても懐かしいです。
車庫の後ろのタンクが並んでいるところは、ヤマサ醤油の工場です。この仲ノ町駅にも醤油の香りが漂ってきます。

銚子で折り返してきた3000形が外川行きとなって戻って来ました。

なお、ここに並んだ元京王5000系と2010系が京王線で引退したときの姿を、日野市の京王レールらんどで見ることができます。

この緑の塗装は好きだったのですが、2018年に青の濃淡の塗装に変更されてしまいました。

最後は仲ノ町から銚子まで歩き、醤油工場のタンクを背に銚子駅に入ってくる2000形を、JRのホームから撮影しました。草生した線路と背景のタンクが、工場地帯の引き込み線のような雰囲気を醸し出しています。

短いながらも変化に富んだ沿線風景の銚子電鉄は、ノスタルジックな駅舎や車両に懐かしさと旅情を感じる、とても素敵な鉄道です。灯台や展望台、温泉、そしておいしい魚がある銚子を訪れて、銚子電鉄の旅を楽しんでみてはいかがでしょうか。

2016年5月