そこに線路があるかぎり

鉄道旅も、そのほかの旅も。子供と出かけた休日のこと、まち歩き、山歩き、グルメ、温泉、観光情報。国内・海外 紀行ブログ。

【スイス】氷河急行と同じ車窓を普通列車から楽しむ 春のスイスアルプス のんびりローカル列車の旅 〔ツェルマット~ゲシェネン/マッターホルンゴッタルド鉄道〕(2013年)

車窓から美しい山や湖を眺めることができるスイスの列車の旅は、列車の旅が好きな人にとっては大変魅力的なものです。ダイナミックな自然や、沿線の町の人々の生活を感じながらローカル列車に揺られて旅するのは、とても贅沢で素敵な時間です。どの路線もそれぞれの景色の美しさと魅力がありますが、中でも特に車窓が美しいと人気のある観光列車、氷河急行(氷河特急と呼ばれることも)が走る路線のうち、ツェルマットからアンデルマットを通りゲシェネンまでの区間を、2013年5月、ローカル列車に乗って旅してみました。

氷河急行(氷河特急)と同じ景色が楽しめる普通列車

氷河急行は英語のGlacier Express を日本語に訳した呼び名で、氷河特急と呼ばれることもあります。運転区間マッターホルンの麓にあるリゾート地ツェルマットから、スイス東部の湖畔の山岳リゾート、サンモリッツまでで、2023年は冬季1日2往復、夏季1日4往復が運転されています(夏季4往復のうち2往復は一部区間のみの運転)。全区間乗るとおよそ8時間かかる長い旅となり、全席が指定席で予約が必須です。
いっぽう、氷河急行が走る路線は一般の普通列車も走っており、こちらは予約不要で気軽に乗ることができます。氷河急行とおなじ路線を走るので、もちろん窓から見える外の景色も氷河急行と同じものです。

氷河急行は、ツェルマット~ディセンティス/ミュンスターマッターホルン・ゴッタルド鉄道(略称:MGB)、ディセンティス/ミュンスターからサンモリッツがレーテッシュ鉄道(略称:RhB)と、2つの鉄道会社の直通運転となっています。

Glacier Express - BVZ Holding

ツェルマットからブリーグ行普通列車に乗る

この時乗ったのはツェルマットからゲシェネンまで、ローカル列車でおよそ4時間の道のりです。

まずはツェルマット Zermatt からブリーグ Brig 行の普通列車に乗車します。
ツェルマット駅は上屋に覆われていて、地下駅のような雰囲気。
ツェルマットはガソリン車や中型車以上の車は乗り入れが禁止されており、車で訪れた観光客はツェルマット駅の隣のテーシュ駅に用意された大きな駐車場に車を停め、区間列車も運転されるテーシュ~ツェルマットを鉄道で移動しなければなりません。ツェルマットの市街地には小型の電気自動車のバスやタクシーが運転されており、環境問題へのひとつの対応方法が示された例として知られています。

山肌には雪渓が残り、芽吹いたばかりの木々の下で草を食む牛たち。

ゴツゴツした岩肌ではあちこちに滝が落ちていて、雪解けのシーズンであることが感じさせられます。

ツェルマットから1時間少々でフィスプに到着。

フィスプで列車を乗り継ぎ

ツェルマットから南北に走る細い谷を北に向かって下りてきた列車は、フィスプで東西に走る大きな谷に出ます。列車はここで東に向きを変えてブリーグに向かいますが、フィスプからブリーグまでMGBの線路はスイス鉄道SBBの路線に並行しています。このSBBの路線は、西に向かえばローザンヌジュネーブを通ってフランス方面、あるいは、少し先で分岐して北に向かって首都ベルン方面へ、また、東に向かえばブリーグからアルプス山脈の下をシンプロントンネルで抜けてイタリアミラノ方面へと続く、大幹線です。

ツェルマットから乗ってきた列車の行先はこの先のブリーグですが、ブリーグより先に行く列車はフィスプが始発駅ですので、フィスプで乗り換えることにしました。

ここから乗るのはゲシェネン行きの列車です。

なかなかユニークな顔つきのゲシェネン行き列車。動力のついていない客車を機関車が引っ張る形の「客車」方式の列車ですが、客車側にも運転台がついていて、機関車が後ろから押して走る「推進運転」にも対応しています。客車方式の列車は1両単位で柔軟に客車の車両数を増減できるメリットがある反面、折り返す時に機関車を先頭に付けなおさなければならないという弱点もあります。客車に運転台があれば、機関車を付け替えずに折り返し運転ができるので、その弱点も克服できるわけです。

先頭の機関車も客車と似た顔つきでした。

フィスプの駅はSBBとMGBの線路が隣り合っています。SBBは線路の幅が1435㎜の標準軌、MGBは1000㎜の狭軌。線路幅が違うため直通運転はできません。向こう側に泊まっているのがSBB、手前がMGBです。

富士急行と姉妹鉄道のMGB 機関車にはマウント富士号も

停まっているMGBの機関車を見ると、「マウント富士号」の銘版が。これは、MGBが日本の富士急行と姉妹鉄道の協定を締結しているため。

反対に、日本の富士急行線にも「マッターホルン号」が走っています。
山梨県の大月と河口湖を結ぶ富士急行線マッターホルン号は、通勤型車両6000系1本にMGBカラーが施され、通常の普通列車として運転されています。この車両はJRから譲渡された元205系で、山手線で活躍したのち京葉線に転属し、廃車となったタイミングで富士急行に譲渡されました。

富士急行6000系 マッターホルン号  2022年11月 河口湖駅

先頭部には matterhorn gotthard bahn (MGB) と富士急行が1991年に姉妹鉄道になったことが書かれています。

富士急行マッターホルン号の先頭部の表記  2022年11月 河口湖駅

マッターホルン号車内には、姉妹鉄道30周年記念のポスターもありました。マッターホルンの麓に向かうMGB、富士山の麓に向かう富士急行、どちらも、国を代表するシンボリックな山の麓へのアクセス路線ということで姉妹鉄道となったのでしょう。

富士急行マッターホルン号車内のポスター  2022年11月 河口湖駅

フィスプからゲシェネン行き普通列車に乗る

フィスプを出た列車は、いままで細い谷をゆっくり走っていたことから解放されたかのように、いままでよりもスピードを上げて走って行きます。スピードは上がっても、馬がいたり、木造の家屋があったり、スイスらしい風景が続きます。

フィスプから10分とかからず、ブリーグに到着。SBBのブリーグ駅を出た駅前広場に、路面電車の乗り場のように佇むMGBのブリーグ駅は以前来た時はスイッチバック方式で、この駅から先は進行方向を変えて走るようになっていましたが、改修されて直進できるようになっていました。もともとスイッチバックをしていた線路は廃線になり、ブリーグの数キロ先で元のルートと合流するまで新たなルートでの線路が造られたようですが、付け替え区間の旧ルート上の何駅かが廃止になったようです。

ブリーグから先は再びだんだんと谷が狭くなり、線路の勾配も急になってきます。
天気はあいにく小雨模様ですが、雨に濡れた新緑もまた美しいもの。

列車はローヌ川に沿って走ります。ローヌ川レマン湖にそそぎ、さらにフランスへと入り地中海に流れ込む、スイスとフランスを代表する大河のひとつですが、上流部のこのあたりは流れも細いです。

赤い列車、渓流、新緑。

今通ってきた線路を見下ろすところも。

山の斜面がいちめん草原になっているのは日本ではあまり見ない光景です。その緑のじゅうたんの中に家々が点在する風景はスイスらしい景色。

目を凝らすと、正面の山の斜面に白く細長いものが。列車の姿です。

先ほど車窓から見えた列車と駅ですれ違い。すれ違う列車や続行している列車が遠くの山肌に見えることがあるのも、スイスの鉄道旅の楽しいところです。

ローカル列車は、山の中の小さな駅ひとつひとつに停車していきます。車内には地元の方はもちろん、マウンテンバイクや、アクティビティを楽しむとおぼしき観光客の姿もちらほら。

小さな駅の駅舎も、おとぎ話に出てきそうなかわいらしいものが多いです。

残雪の中をアンデルマットへ

列車はMGBのブリーグーアンデルマットの区間で最大の難所、フルカ峠に向かって登って行きます。フルカ峠は雪の多いところで、以前はこの路線も冬季運休となり、雪崩の被害を避けるために鉄橋も取り外すなど、まさに難所となっていました。1982年、フルカ峠の下を15.4㎞もの長さの新フルカトンネルが開業したことで、フルカ峠区間の通年運行が可能に。旧峠越え区間廃線となりましたが、ここで見えるローヌ氷河にちなんで氷河急行という名がついたものの、その列車からは由来となった氷河を見ることができなくなり、また、景色の美しい峠越え区間廃線を惜しむ声が高まった結果、いまでは旧峠越え区間の一部は観光鉄道として復活しています。

そんなフルカ峠の下を長いフルカトンネルで抜けて、列車は雪が残る高原をアンデルマットに向かって下って行きます。

やがて線路の下り勾配もゆるやかになり、列車のスピードも上がると、前方にアンデルマットの町並みが見えてきました。

アルプスの要衝 アンデルマット

アンデルマットに到着。ここはかつて、南のイタリアから北のチューリッヒを結ぶ山越えの道の、ゴッタルド峠のすぐ下の宿場町として栄えたそうです。
現在もアンデルマットはMGBの主要駅のひとつで、ブリーグ方面とディセンティス/ミュンスター方面の東西に走る路線から、北のゲシェネンに向かう路線が分岐します。ゲシェネンはゴッタルドトンネルの北側入口に隣接する駅で、SBBの路線に乗り換えることができ、北に行けばチューリッヒ、南に行けばゴッタルドトンネルでアルプスをくぐり、ルガーノを経てイタリアのミラノに至ることができる、交通の要衝となっています。

主要駅らしく、たくさんの列車の姿があるアンデルマット駅。

MGBの車両はいろいろな顔つきのものがあって、見ていて楽しいです。

青空がのぞいてきました。

ディセンティス方面に向かう列車と同じタイミングで発車しました。アンデルマットから山を登って行くディセンティス方面の列車を横目に、ゲシェネン行きのこちらの列車は急な坂を下ります。

岩肌に激流が踊り狂う ダイナミックな景観「悪魔の橋」

アンデルマットを発車後、ほどなくして見えてくる大迫力の激流。

岩山をつなぐ道路橋は「悪魔の橋」と呼ばれています。こんな激流に橋を架けられるのは悪魔くらいなものだ、と言われたことがその名の由来とか。

それにしてもすごい迫力ですが、こんな絶景を列車の車窓から間近に眺めることができてしまいます。

アンデルマットからゲシェネンへは15分ほどの乗車です。少し走ると、眼下に終点のゲシェネン駅が見えてきました。

この路線は単線ですが、岩をくりぬいた桟道の中で線路が2つにわかれ、行き違いができるようになっていました。レールの間には車両についた歯車をかませて急勾配を上り下りするための、アプト式のラックレールが見えます。急勾配を上り下りしながら走るMGBにはところどころにアプト式区間があり、列車はラックレールの力を借りて急勾配に挑んでいます。

このあたりの川もかなり白波を立てていますが、悪魔の橋の激流を見たばかりなので、ゆるやかな流れに感じてしまいそうです。

ゲシェネンのSBBの駅が近づいてきました。

SBBのアルプスをくぐる長大トンネル、ゴッタルドトンネルの坑口を間近に眺めることができます。現在はさらに山の低いところにもっと長い新しいトンネル、ゴッタルド基底トンネルが開業したため、ここを走る列車もすくなくなっていますが、2013年当時はまだ基底トンネルは開業しておらず、この路線がスイスの南北をつなぐ重要な幹線としての役割を果たしていました。

ゲシェネン駅に到着。SBBの駅舎の前に設けらえたMGBの駅は路面電車のよう。

ゲシェネンからはSBBに乗り換えて旅をつづけました。

春のスイスを行くMGBのローカル列車の旅は、雄大な自然、人々の営みが感じられる、素晴らしいものでした。同じ季節にまた、晴れた日にまた、違う季節にまた、と、何度でも乗りたくなってしまう魅力あふれる鉄道の旅が楽しめるスイスに、また出かけてみたくなりました。


2013年5月 

 

スイスの鉄道旅はこちらも。

sokonisenro.net

 

sokonisenro.net