そこに線路があるかぎり

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【岡山県】最後の国鉄型特急電車の定期運用 振り子式車両381系で中国山地を越え山陰から山陽へ 特急やくもの旅 〔出雲市~岡山/JR山陰本線、伯備線、山陽本線〕(2024年)

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岡山県岡山駅島根県出雲市駅を結ぶ「やくも」は、中国山地を越え、瀬戸内海側と日本海側を繋ぐ特急列車です。走行する伯備(はくび)線はカーブが多いため、やくもにはカーブでもスピードを落とさずに走ることができる「振り子式」と呼ばれる仕組みをもつ381系車両が使われてきましたが、この車両はいまや全国の定期特急列車の中でも、国鉄型車両で運転されている最後の列車。老朽化に伴い、2024年4月から新型車

両への置き換えが始まり、6月には381系はすべて引退して、新型車両のみでの運転となる予定です。2024年5月、やくもに乗って、振り子式の国鉄特急型車両、381系の最後の走りを堪能しました。

特急「やくも」と381系電車

特急「やくも」は、1972年3月、山陽新幹線が岡山まで開業したことにあわせ、岡山で新幹線からバトンを受けて山陰方面へのアクセスとなる特急列車として誕生しました。当時は伯備線が非電化だったため、ディーゼル特急として走り始めましたが、1982年7月に伯備線山陰本線の一部が電化されたことにあわせ、電車での運転が始まっています。このときに投入されたのが381系車両です。

381系は、車体と台車の間に「コロ」を設置して、カーブを曲がるときの遠心力を利用し通常の車両よりも車体が内側に傾くような仕組みをつけることで、カーブ通過時に外側に振られる遠心力を軽減し、カーブを高速で通過できるようにした車両です。その特性から、カーブが多い路線の特急列車として活躍し、1973年から名古屋~長野などを結ぶ特急「しなの」、1978年に天王寺~新宮などを結ぶ特急「くろしお」に投入されました。「やくも」は381系が3番目に投入された列車ということになりますが、381系の新製投入は「やくも」が最後となり、「やくも」用の車両がそろった段階で製造が終了しています。
このように、381系は3系統の列車のみの投入であり、活躍の場も中部地方より西だったため、関東の人にとっては馴染みの薄い車両ではあります。

特急「やくも」に乗る

特急「やくも」には出雲市発岡山行きの上り列車に乗ることにしました。

出雲市駅で新型273系と並ぶ

出雲市駅は高架駅ですが、出雲大社を思わせる立派な構えとなっています。

乗車するやくも18号は12:38発。

発車するホームの向かい側、3番線に上がってみると、新型やくも、273系車両がとまっていました。いまはちょうど置き換えの過渡期なので、すでに何本かのやくもは、この273系で運転されています。

12:30ごろ、やくも18号が回送列車として入線。出雲市の西隣、西出雲駅の近くに車両基地があるので、そこから回送されてきたのではないかと思います。西出雲は電化区間の終端であり、電車であるやくもは、ここから先には乗り入れることができません。
西出雲は以前、知井宮(ちいみや)という駅名で、やくもの一部も知井宮行きとして設定されていましたが、岡山駅などで「知井宮行き」と言われても、どこかわからない人が多かったのではないかと思います。

7両編成ですが、前から4両目に運転席が見え、ここに運転席つきの先頭車両が挟まっていることがわかります。

新旧やくもの並び。置き換え中のいまだからこそ見られる光景です。

やくも18号となる回送列車の到着を待ち、新型273系も回送列車として出発していきました。おかげで381系やくもがきれいに見通せるようになりました。

イラスト式のヘッドマークを備えている車両も、いまではすっかり少なくなりました。

先頭車両が中間に入っている部分。先頭車と中間車をつなげる、こういう連結の仕方も珍しい気がしますが、やくもの381系では多客期の増結をこのような形でやっています。

車内には珍しい座席も

車内には2人掛けのリクライニングシートが並んでいます。内装はリニューアルされており、古さはまったく感じられません。シートピッチも広めの、適な座り心地のシートになっていて、リニューアルを機にこの仕様の車両は「ゆったりやくも」という愛称がつけられました。

座席部分の床は通路よりも少し高くなっています。

381系やくもには、少し珍しい座席配置があります。窓側の座席がなく、通路側だけに1席が設けられているところがあるのです。

これは、振り子車両ゆえ、重心を低くする必要があり、通常は屋根上に搭載される空調装置も床下に設置されているので、空調装置から天井の吹き出し口までのダクトを壁につくらなければならなかったためです。

出雲市を発車 宍道湖の湖畔を走る

反対ホームに観光列車「あめつち」が到着したのと入れ替わりに、やくも18号は出雲氏を出発しました。

ほどなくして斐伊川を渡ります。奥出雲の山から流れ、宍道湖に注ぐ川です。

木次(きすき)線の分岐駅、宍道(しんじ)を過ぎると、左側には宍道湖が見えてきました。

船に乗っているかのような車窓が続きます。

玉造温泉で下りやくもと交換。美肌の湯として有名な玉造温泉には以前泊ったことがありますが、入浴後、確かに肌がすべすべになった感じがしました。

列車は引き続き宍道湖畔を走り、車窓からは雄大な湖の景色が楽しめます。

乃木ではドア開かない「運転停車」をして、鳥取発益田行きのディーゼル特急「スーパーまつかぜ5号」と交換。

車窓が都会らしくなると間もなく松江に到着です。

ビルの合間からちらりと松江城も見えました。松江城は昔からの天守が残る、残存12天守の1つ。歴史を感じる天守は、一見の価値ありです。

宍道湖は松江の手前で終わりますが、松江を過ぎて東松江付近から、今度は中海が見えてきます。宍道湖と中海は大橋川という川でつながっており、この大橋川のほとり、宍道湖と中海に挟まれたところにある町が松江です。

右側に斜面一面につつじが咲き誇る一角が。古代出雲王領の丘という施設で、ここに登れば中海をバックに走る列車の写真がきれいに撮れるそうです。

「どじょうすくい」の安来節で有名な安来に停車。

このあたりは基本的に単線ですが、一部に複線区間があります。その複線区間で下りやくもとすれ違い。国鉄時代の塗装が復刻された381系でした。やはりこの色は懐かしさを感じさせます。

米子を過ぎて伯備線

13:34、米子に到着。米子は鳥取県東部の都市です。ここまで出雲市からおよそ1時間、島根県庁所在地の松江と、この米子での乗降が多かったです。

米子には気動車の基地があり、たくさんの気動車が休んでいます。オレンジ色の国鉄時代から活躍するキハ47型の姿も多く見えます。

米子から分岐する境線は、ゲゲゲの鬼太郎で有名な境港へのアクセス路線。

米子駅の境線のりば、そして境線の車両には、鬼太郎にでてくるキャラクターがいっぱい。

米子を出たやくも号は、日野川を渡ります。

山陰の名峰、大山(だいせん)がきれいに見えます。

その大山の名がついた伯耆大山(ほうきだいせん)はやくもは通過しますが、ここで山陰本線から分かれ、伯備線に入ります。いよいよ中国山地越えの始まりです。

美しい里山の風景の中を走る

伯備線に入ると、川に沿って山を登って行きます。

たくさんの鯉のぼりが泳いでいます。この季節らしい風景です。

江尾で先行の普通列車を追い抜き。

江尾は「えび」と読みます。

川に沿ってどんどん山を登って行きます。

根雨(ねう)で下りやくもと交換。

カーブの多い山岳区間は、381系の本領が発揮できる舞台。

米子を出てから最初の停車駅、生山(しょうやま)で普通列車と交換。

気がつけば、川もだいぶ細くなってきました。

山が迫った渓流の風景や、里山の風景が車窓に続きます。田植えがもう間もなくという田んぼは、空を、山を映し、春らしい景色をつくっています。

上石見~新郷で分水嶺を越え、日本海側から太平洋側に入りました。この峠は谷田峠(たんだだわ)といい、昔から伯備線の峠越えの難所として知られています。

新郷の次の足立(あしだち)で下りやくもと交換。

川の流れが列車の進行方向と同じ向きになりました。

右側から線路が近づいてくると、備中神代(びっちゅうこうじろ)です。この線路は中国山地の中を走り広島駅に至る芸備線(げいびせん)で、最閑散区間では列車の本数も1日3往復しかなく、廃線が取りざたされています。路線としては備中神代芸備線の始発駅ですが、列車はすべて伯備線に乗り入れて新見駅は始終点となっています。

川に沿って下って行きます。

備中神代と新見の間にある布原は、伯備線の駅ながら、乗り入れてくる芸備線の列車だけしか停車しません。

14:45、新見に到着。やくも18号では、生山以来の停車駅です。新見からは西に走り広島へ向かう芸備線と、東に走り姫路に向かう姫新線(きしんせん)の列車が出ており、中国山地の鉄道の要衝となっていますが、東西方向の各線は中国山地の山の中を走るので利用客が著しく少なく、存亡の危機に立たされています。

新見を出ると車両基地があります。芸備線姫新線用のディーゼルカーと、伯備線用の電車が休んでいました。

岩肌の見える、面白い形の山が見えました。

井倉で普通列車を追い抜き。さきほどは「えび」駅がありましたが、今度は「いくら」駅。伯備線の駅名はお寿司屋さんのようです。

方谷(ほうこく)で下りやくもと行き違い。久々に381系がやってきました。

15:13、備中高梁(びっちゅうたかはし)に到着。伯備線の主要駅のひとつで、山の上にある山城として知られる備中松山城や、古い町並みが残る吹屋などの観光地の入口です。

新見あたりからの車窓の友は高梁川。気づけば川幅もだいぶ広がり、線路も備中高梁からは複線になっています。

清音からは高架線の路線が分岐していきます。第三セクター井原鉄道です。

山陽新幹線の下をくぐります。

続いて山陽自動車道。

山陽本線と合流し、倉敷に到着。本州を横断しました。伯備線は倉敷までですが、やくもは山陽本線に乗り入れて岡山発着です。

田園地帯を走り終着岡山を目指します。倉敷から岡山までは10分少々。

岡山ドームと岡山貨物ターミナル、車両基地が見えてくると、もう岡山に到着です。

昔ながらの湘南色の車両もいました。各車両が新標準色の黄色に塗り替えられていく中、2編成だけがオレンジと緑の湘南色で残されました。

よく見れば黄色編成につながれている編成も湘南色

15:47、やくも18号は岡山に到着。出雲市から3時間9分の旅は、美しい車窓を楽しんでいるうちにあっという間に過ぎてしまいました。振り子車両独特の揺れもほとんど感じず、ゆったりとしたシートも相まってとてもくつろげる時間でした。

JR西日本では、視認性を上げて注意喚起するために、中間に連結する先頭車の前照灯を点灯させます。

国鉄特急らしいこの顔つきの車両も、381系の引退と共に営業路線上では見納めとなります。

しばらくすると、引き上げ線に回送されていきました。ここで車内整備され、折り返し出雲市行きのやくも号として運転されます。

国鉄型車両の最後の聖地 岡山駅

国鉄がなくなって37年、すっかり数を減らした国鉄型車両ですが、岡山地区では最後の活躍を見せています。
塗装こそ変わっていますが、令和の世に日常的に国鉄特急型と国鉄近郊型が顔を合わせるのは「やくも」の走行エリアだけ。岡山でのこの並びも、ここではごく普通の光景です。

昨今の新幹線網の発達とともに、在来線の特急がたくさん走る幹線というのが少なくなってきましたが、そんな中にあって岡山駅は、日本でいちばんの在来線が輝くターミナル駅とでもいうべき状況になっています。
在来線特急としては、「やくも」の他に四国方面の松山行き「しおかぜ」、高知行き「南風」が発着し、ローカル列車としても山陽本線伯備線瀬戸大橋線宇野線津山線吉備線の列車が発着していて、まさにターミナル駅といった風格です。

高知行き特急南風、高松行き快速マリンライナー津山線普通列車が並びます。歴史を感じる木造のホーム上屋もまた味があります。

黄色の115系と並んだ、青帯の213系は、かつて高松までの快速マリンライナーとして活躍しました。いまは岡山地区のローカル列車としてしようされています。国鉄末期に製造され、ギリギリ国鉄型といえる車両です。

向こうのホームに、先ほど乗ってきた381系が引き上げ線から入線してきました。下りやくも号として運転されます。

瀬戸大橋を渡り高松へ行く快速マリンライナーと、津山線吉備線ディーゼルカー、キハ47。キハ47は国鉄型車両ですので、岡山駅は特急型電車、近郊型電車、近郊型ディーゼルカーが集う、まさに国鉄型車両の最後の聖地です。

岡山駅から少し歩いて、駅のはずれにあるディーゼルカーの基地を見に行きました。ここでは津山線吉備線で使われるディーゼルカーが休んでいます。

「タラコ色」と呼ばれるオレンジの塗装はかつての国鉄近郊型ディーゼルカーの標準塗装。それがいまもJR西日本ディーゼルカーの標準色になっています。これだけの数の国鉄型、国鉄色車両が並ぶと、タイムスリップしたかのよう。

もはや風前の灯となった国鉄型車両も、やくも号の381系の引退と共にまたひとつ数を減らします。車両は変わりますが、山や川、里山や湖といった風光明媚な風景が続く「やくも」の車窓はかわることはありません。今度は新型車両にのって、また「やくも」の旅を楽しんでみたいと思います。

2024年5月

 

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