そこに線路があるかぎり

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〈あの頃あの路線〉 のどかな風景の中をのんびり走るディーゼルカー 鹿島鉄道の思い出(2007年4月1日廃止)【茨城県】(2006年)

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茨城県の石岡と鉾田の間、27.2㎞を結ぶ鹿島鉄道というローカル線がありました。
2007年3月31日をもって営業を終了し、翌4月1日に廃止となったこの路線は、田畑や水田、雑木林など、のどかな風景の中を走りますが、霞ヶ浦やその向こうの筑波山を眺めることができる風光明媚な区間もありました。
廃止まで1年を切った2006年5月、この鹿島鉄道に乗って石岡から鉾田までを往復してみました。

石岡から常陸小川

JR常磐線で上野から82.2km、特急でおよそ1時間のところにある石岡が鹿島鉄道の始発駅です。ここから太平洋に近い鉾田まで27.2㎞を結ぶのが鹿島鉄道

JRの駅から跨線橋を渡り、隣接する鹿島鉄道石岡駅ホームに降りると、その向こうには新旧織り交ぜた色とりどりのディーゼルカーが休む機関区がありました。

古めかしくもどこか優美な印象のキハ432。1957年製で、もともとは富山県の加越能(かえつのう)鉄道加越線を走っていた車両ですが、1972年に加越線が廃止になったことにより、鹿島鉄道に移籍してきました。正面に大きな2枚の窓を配する先頭部のデザインはこの時代の鉄道車両に大流行したもので、国鉄の湘南電車に端を発することから、湘南スタイルなどと呼ばれています。

石岡を出る今度の列車は途中の常陸小川止まりなので終着の鉾田までは行かないのですが、まずは常陸小川まで行き、そこで次の鉾田行きを待つことにします。
石岡を出て最初に停まる石岡南台という駅は新しい家々が建ち並ぶニュータウンの中にあり、開業も1989年と、鹿島鉄道でいちばん新しかったのですが、せっかくの開業から20年も経たないうちに路線が廃止されることになってしまいました。

玉里駅で対向の石岡行と行き違い。さきほど石岡の機関区に停まっていたキハ432と同型、色違いのキハ431でした。キハ430型は、このキハ431とキハ432の2両が在籍していました。
玉里駅はもともとは旅客扱いを行わず、列車行き違いをするための信号場として開業しましたが、1988年にホームが造られ、晴れて旅客駅となりました。

石岡から7.1㎞の常陸小川に到着。まだ全路線の4分の1しか走っていませんが、このあたりまでは比較的住宅も多く、乗客も多いようです。
乗ってきた列車は石岡行となって折り返します。この車両は1989年に導入されたKR-500型のKR-502。KR-500型は全部で4両あり、2両が1989年、2両が1992年に製造されました。4両すべて帯色が違い、この車両は赤帯です。

常陸小川で機関車を見る

常陸小川駅の片隅には貨物用ホームの跡があり、その隣の側線には茶色い機関車が停まっていました。

この茶色い機関車はDD901号機で、1955年に製造され1988年に引退した車両がここに保存されているそうです。この車両は試作機として1両だけ製造されたもので、丸みを帯びたデザインがユーモラスです。

茶色い機関車を眺めていると、本線の踏切が鳴りだしたので目をやると、遠くからオレンジ色のディーゼル機関車がゆっくりと近づいてきました。

オレンジの機関車は2両の貨車を牽いていて、上り石岡方面のホームに停車しました。
この機関車は、先ほど見たDD901 の続き番号のDD902 となっていますが、デザインは全く違います。こちらは国鉄で使用されていたDD13という機関車と同型で、塗装はオリジナルですが、形はどこかで見たことのあるような感じがします。

やがて石岡始発の鉾田行き列車がやってきました。

常陸小川から鉾田へ

常陸小川から乗車したのはキハ601号。キハ601とキハ602の2両があるキハ600型は、元は国鉄のキハ07という車両でしたが国鉄から譲り受けたもの。キハ601は1936年、キハ602は1937年製とのことなので、キハ601は2006年時点では御年70歳ということになります。
途中、榎本(えのきもと)で行違った鉾田行きはキハ602号。70歳と69歳のベテラン車両同士が並びました。ここ榎本は構内が少し広くなっていますが、これは2001年までこの駅発着の貨物列車があったため。この駅から航空自衛隊百里基地までパイプラインがあり、貨物列車で運んできた航空燃料をパイプラインで基地まで送り届けていたのでした。この航空燃料の輸送は鹿島鉄道にとって安定した大きな収入源となっていたのですが、パイプラインの老朽化とともに2001年に鹿島鉄道による航空燃料輸送が廃止されました。この貨物輸送の廃止が鹿島鉄道の経営を揺るがし、路線廃止に至ったひとつの原因ともされています。
百里基地は2010年に民間共用化され、茨城空港となりました。

車内は乗客の姿もまばらで、のんびりした雰囲気です。古い車両ですが冷房も搭載されています。

鉾田駅でキハ601を眺める

石岡から29.2㎞、鹿島鉄道の終着駅鉾田に到着。

鉾田駅の近くには、水戸と鹿島神宮を結ぶ鹿島臨海鉄道大洗鹿島線が通っていて、こちらには新鉾田という駅があります。鉾田と新鉾田は徒歩20分ほど。歩いて乗り換えられないこともない距離ですが、普段づかいの乗り換え駅とするとやや遠いと言えます。
鹿島臨海鉄道大洗鹿島線は1985年に開業した比較的新しい路線で、鹿島鉄道が開業したころは影も形もありませんでしたが、そもそも鹿島鉄道は当初「鹿島参宮鉄道」と言う名前で、鹿島神宮へのアクセスを目的として造られた鉄道でした。鹿島鉄道鹿島神宮までのレールを延ばすことはできませんでしたが、時を経て、鹿島臨海鉄道鹿島神宮までレールで結ぶとことを実現しました。

鉾田駅は1本の線路の両側にホームがあるスタイル。

左側に見える茶色い屋根の建物が駅舎です。

キハ600型は、側面の窓の並びなどに古さを感じますが、正面は近代的です。これは、もともと流線形だったものを、国鉄からの譲渡後、平面に改造したため。

古い駅と古い車両がよく似合います。

鉾田から石岡に戻る

鉾田で1本列車を見送り、次の列車で石岡に戻ります。やってきたのはKR-500型のKR-503号。最初に乗ったKR-502は帯色が赤でしたが、KR-503は緑です。

鉾田駅のホームをあとにして、小さな駅にいくつか停まった後、まっすぐ伸びた線路の先に小さな駅と、行き違い待ちの鉾田行きの列車が見えました。

ここで行違ったのは紫色の帯のKR-501号。

帰りものんびりローカル線の景色を楽しみ、石岡に戻って来ました。
沿線釣り場案内というのは珍しいです。

今乗ってきたKR-503は、折り返し鉾田行きになるようです。

機関区の奥には、最初に玉里ですれ違った緑のキハ431や、常陸小川で見たDD902 がとまっていました。そして一番右に見えるのは北海道の夕張鉄道が廃止になった時に譲渡されてきたキハ714。

キハ600型2両とキハ432、オレンジ系の色合いの古い車両たちが夕日を浴びて輝いています。

東京からも比較的近いこの場所で、古いディーゼルカーに乗って旅ができるというのはとても楽しいことでした。廃止されてしまったのがとても残念ですが、レトロで、のんびりとした雰囲気を楽しめた鹿島鉄道の旅を、いつまでも記憶の中に残しておきたいと思います。


2006年5月